佐藤洋太選手!頑張れ!の思いを込めて2月のトークライブの模様を公開!

  異端のボクサーである。
 登場と同時に得意のスケボーで登場するかと思いました?と、聞くと「いえ、でも代わりにこれは持ってきましたと」とミニチュアの小さなスケボーをポケットから取り出した。
 指スケとか、フィンガーボードというものらしい。立派な世界が、そこには形成されていて動画サイトなどを使って名人が素晴らしい技をアップしているという。佐藤は、ちょこちょこっと、机の上で技を披露してくれた。
 WBC世界スーパーフライ級王者の佐藤洋太は、独自のボクシング観を持っていることで有名なボクサーだ。
 エディタウンゼントレーナーである藤原俊志トレーナー(ワールドスポーツジム)が、そのあたりを一流のトレーナーの観点でつっこんだ。

ウォーミングアップをしないボクサー

――なんか練習しないらしいね。笑。
「練習1時間くらいですね。アップしないで」
――アップをしない?
「しないっす。昔はアップしていたんですよ。柔軟とか屈伸とか。でも、4回戦の時にいつ前の試合が終わるかわからない、終わったら、次は試合だよという環境で試合をしていた。いきなり試合がスタートするわけです。それなら、アップしないクセをつけておいたほうがいいと思った。今は、そのクセがないので、いつもで戦える。周囲からは、『おまえいつか怪我するぞ』と言われているんですが、まだしてません」
――笑。
「練習はスパーしかしません。サンドバックは、ほとんどやらないですね。でも、井岡一翔君から、『サンドバックって純粋に筋肉を鍛える筋トレなんですよ』、と言われて、目からウロコです。『そうだね。オレもやろう』と。今日から3ラウンドやろうと決めて2ラウンドしかやりませんでした。ミット打ちもやるけど、基本スパーです」
――へえ。
「ラウンドワンに行って、バッティングマシンがあるのにボールを打たずに素振りだけして帰らないでしょう。そういうことです。ボクシングは相手のあるスポーツ。素振りするのは当たり前です」
――ロードワークも嫌いだとか? よくそれであのスタミナを作っているね?
「ボクシングって走る競技じゃないっすからね。フットワークは、スパーを毎日やっているからあるんです。確かにロードワーク脚力はない。でも、ロードワーク脚力は試合で使わないものです。ボクシングは数字で戦うものではありません。一度、専門家に肉体の数値をテストして調べて出してもらったことがあるんです。全くの一般人レベルでした(笑)。脚力にいたっては、アスリートが10で、一般が9とすれば、僕は8のレベルだった(笑)。いろんな人に希望を与えるでしょう? もっとやったらもっと強くなるとよく言われるけれど、そんなことはないと思っています。その数字は上がるでしょうが、ボクシングは数字で勝負する競技じゃありません」
――でも戦い方に安定感がある。名城信男が、「佐藤に勝つのは無理っす」と言っていたよ。
「ほんとですか? 実は、名城さんは大好きなボクサーです。僕の黒のガウンは、名城さんを意識しているんです」
――それは、名城が喜ぶよ。技術をきわめるボクシングだよね? フェイントしては打ちに行ったり、パッと止める。打ちに行って止めるのが特徴的だと思っていた。感覚をつかんでいるやろね。ガードは低いけれど、距離感の把握は、他のボクサーより早い。相手からすれば、ガードが低いからと間げるけれど、常に、相手の距離より外にいる。打つ辛いボクサーだよね。
「打ちに行って止めるのは、雰囲気で察知するわけです。これ以上打ち切るとやばいと。第六感。それは、ガソリンスタンドの仕事で鍛えたものです。車って給油口が右にあったり左にあったりするでしょう。それを瞬時に見破るんですよ」
ーー非常に巧いボクサーだよ。
「パンチ力は、生まれ持っているものでしょう。努力ではいきつけません。僕の場合、そっちにいくのは無理でしょう。自分にあうものをつきつめると競技的なボクシングになります。徹底して打たれないボクシングです」
――ところで、タイの試合での防衛戦では気をつけてね。僕の名城とスリヤン戦、向井とポンサクの試合で2度タイに行ったけれど、計量でごまかしたり、採点に圧力をかけてきたり、ほんとなんでもしてくるんで。
「ありがとうございます。準備していきます。日本人で海外で防衛に成功したら、初めてのことになるんで、それはそれでモチベーションになりますよ」

スーパーフライ級にこだわりベルトの価値を高めたい

――今後は、この階級(スーパーフライ)でずっと戦い続けるの?
「この階級でできなくなったら終わりです。僕は、何階級制覇って興味がないんです。それよりもベルトの価値を高めたい。上に行き、欲が出るとボクサーとしてダメになります。かっこをつけて言っているんではないんです。子供にね。『河野のベルトを取ってきてね。そしたら、世界チャンプじゃん?』と言われたんです」
――なるほど。
『世界って2人いるの? パパは世界一なの?』と聞かれて『一応ね、たぶんね』と答えたんです。『なんで、なんで』という子供に自信を持って『オレでしょう』と言えない。だから統一したい。WBOとIBFが認められるとなると、さらに説明し辛いでしょう。
ボクシング界がマズイ状態だと思うんです。この階級で、ベルトの価値を高めたい」

  ここに掲載したのは、ごくごく一部のやりとりである。
 佐藤とのトークは、ザリガニ理論や、キャバクラ理論、ガソリンスタンドで仕事をしている意味など、多岐多様、本当にバラエティに富んだものだった。
 なるほどなあと納得されるものもあれば、え?と驚かされるもの、会場を爆笑に包むものまであった。木訥で、静かな語り口調。それほど本人がテンションを上げているわけでもないのに、吸い込まれていくような佐藤ワールドが、西麻布のライブハウスに出来上がっていた。彼のボクシングのユニークさは、その深くて、多様な思考、哲学から生まれているものであることが良くわかった。
 つくづくボクシングとは人間力なのだと思い知らされた。

「緩くて深いボクシングナイト!」石田順裕さん編!

会場は熱気に包まれていた。

意外に女性も目立った。

ゲストの‘世界のノブ’こと石田順裕は、「ゆるふかボクナイト」に2度目の登場である。

トークのテーマは3月30日にモナコで行われたWBA世界ミドル級王者、ゲンナジー・ゴロフキンに挑戦したタイトル戦の報告会。WBAベルトのチャンピオンベルトを持ち帰ってもらっての凱旋報告会となるのか。はたまた引退表明会となるのか。日程の決定が、タイトル戦の1か月前だったので、どちらに転ぶかわからなかったが、結論から書けば、この日のトークライブでは、どちらの会にもならなかった。

冒頭、モナコの試合映像を流した。わずか9分程度の衝撃映像である。

「強かったです。上手かったです。今の世界のミドル級の中では頭ひとつ抜け出ていますね。拳がとんでもなく堅かったんです。プレッシャーをかけて、距離を潰して、もっと近い距離で戦おうとしたのですが、距離を潰せない。どうあがいても、うまくゴロフキンの距離にされるんです。クリンチさえさせてくれないんです」

映像では、石田が、ゴロフキンの左を何度も被弾するシーンが映ったが、そのあたりの技術面を藤原俊志トレーナーが、丁寧に解説した。

「実は、ゴロフキンの左はジャブに見えてフックを混ぜているんですよ。ノーモーションだからわかりにくいけれど。あれだけよけるのが巧い石田が打たれるのはよほどのことです。下の重心はアマチュアスタイルらしく後ろにあるんだけど、上半身はしっかり体重が前に乗っていて柔軟に動く。凄いテクニックです」 

 すると、石田が言う。

「左に左を合せようと考えていたんですができなかった。逆にこちらが手を出すと合わせられることが怖くて手が出ない。手を出さなきゃとわかっていても凍りついたみたいになってしまう。確かに左にはフックがあって止めようとガートを少し外に移動すると顔面にジャブをもらう」

 石田と藤原の間で、高度なボクシングテクニック論が繰り広げられた。

 モナコでは、現地の日本人の大富豪のサポートを受けて、最終コンディションに何ひとつ不自由がなかったそうだ。

 どうやって富豪と知り合ったの?と聞くと、「ボクのブログを通じてなんです。ちなみに今日もいらっしゃっています」と、会場の後ろの方を指差すと、たまたま商用で来日されていたモナコの富豪さんが、笑顔で手を振っていた。

石田は、試合前、奥さんと家族に向けての手紙を書き、それをホテルのセーフティボックスにあずけてから会場へと出発する。

覚悟の遺書である。

何事もなく終わると、その手紙をセーフティボックスから取り出して破って捨てる。それが、石田流の試合前の恐怖感を克服するメンタルコントロールの手段なのだが、この試合では、「必ず生きて戻ってくるから」と、手紙を書かなかったそうである。

「死んでもいい覚悟でリングに上がっています。でも、今回は手紙を残しませんでした。その分、開き直りが足りなかったのかな」

 さて、気になるのは石田の今後である。

引退報道も出た。

石田は、包み隠さず、今後の方針をトークライブで明らかにした。

「WBOが認められボクの引退届も撤回となりました。東京と大阪で1試合づつファンの人にボクの最後の試合を見てもらいたいと考えています。引退ツアーですね。年内に2試合。それが終わると来年からは、自分のジムを作ることにむけて動き出したいと考えています」

 ――まだ、もったいない。まだできるのでないか?

 恒例のお客様からの質問コーナーでは、そんな質問も出た。

「いえ、ゴロフキンとはどうやっても勝てません。負けて納得しました。限界が見えたんです。勝てば次は、ミリオンのファイトマネーが入るという試合に続けて3つ負けて今度という今度は、自分に限界を感じました。あと2試合の引退ツアーのモチベーションを保つのは難しいですが、日本人に負けられないというプライドですかね」

 石田は、この日、上京すると、帝拳ジムを挨拶に訪れ、たまたま、プロ転向を果たしたロンドン五輪、金メダリストの村田諒太と対面した。

「今年限りで引退するので最後の試合の相手を宜しくね」と、ふったが、何も言わずにスルーされたそうである(笑)。

 石田は、来場してくれたファンの方に手土産のプレゼントを用意してくれて、その争奪のジャンンケン大会は、おおいに盛り上がった。

 愛される37歳。

 引退ツアー後に「やっぱり辞めるの辞めた」も彼なら許される気がした

第6回ボクシングナイトレポートをアップしました


 満員となった会場を見渡して、MCのワールドスポーツジムの藤原俊志トレーナーは、「いつもと雰囲気が違いますね。会場の匂いがちゃいますやん」と言った.WBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志さんを迎えて11月5日、西麻布のライブハウス、音楽実験室「新世界」で行われた第6回「緩くて深いボクシングナイト」は、お客さんの半分以上を女性が占めた。

 Three 6 Mafiaの「It’s A Fight」に曲で壇上に登場した内山さんも、「ビックリしました。僕の試合は、9割以上が男性で、友達におまえの試合は男しかいねえと言われているんですが」の第1声。“内山さんはモテルのだ”ということを発見、確認するところからトークライブは始まった。

 まずは、統一戦の話が盛り上がっていたWBC世界スーパーフェザー級王者、粟生寛之選手の防衛失敗の話題からスタートした。藤原トレーナーは「いつもに比べてキレと動きが悪かった。途中でなにかした変化が欲しかった」という意見を述べると、内山さんも「最初から最後まで同じパンチをもらってしまっていましたね。待っていて、ペースを戻せなかった」と感想を語った。

粟生が防衛を成功した場合のコメントまで考えていたそうだが、日本人同志の井岡vs八重樫に続く統一戦というビッグファイトは、ひとまず流れてしまうことになった。

しかし、内山さんは、「特別、残念だは思わなかった」という。

「粟生を目標に頑張っているわけではないですからね。僕もモチベーションはそこじゃない。目の前に次の試合があるのに、毎回、毎回、取材などで統一戦の話を聞かれることに正直疲れていた部分もある。僕は基本的に目の前の試合のことしか考えないんです」

そこから、なぜ、内山さんが、目の前の試合しか考えなくなったのか、という話にトークは、どんどんと深まっていった。

 一番、心に残ったのは、朝練習を一度でも、さぼってしまうと心が弱くなるから、試合が終わると、1週間くらいの休息後に、すぐに朝練を再開するという話。雨が降れば、場所をジムに変えるなどするが、決めた練習は、絶対に妥協せずにやり通すという。

「一日休むと心が弱くなる。これだけやったんだという自信が自分に欲しいんです」

内山さんの強さの源流には、こういう克己のメンタルがあるのだろう。

大晦日決戦となる暫定王者のブライアン・カサレスとの対戦についてや、パンチ力、試合への準備の仕方、はたまた、自由な時間の時間の使い方から、初キッスの話まで、ボクシング外の超緩い話までに発展して、会場は多いに盛り上がったが、ボルテージがグッと上がったのは、シークレットゲストとして、突如、お客さんとして来てくれていた拓大ボクシング部の後輩になる元WBA世界ミニマム級王者の八重樫東さんが登場してくれたトークの後半。1年、4年の関係にある先輩後輩の拓大ボクシング部時代の話は、爆笑に次ぐ爆笑で、ときには、ちょっといい話もあって、あっという間に、ボクシングナイトの2時間が過ぎた。

恒例のお客さんとの質疑応答のコーナーでは、シャドーボクシングまで披露してくれた内山さんと八重樫さん。本当にありがとうございました!

第4回ボクシングナイト レポート

第4回のゆるくて深いボクシングナイトには、ロンドン五輪金メダリストの村田諒太選手が登場。小さなライブハウス、音楽実験室「新世界」は、満員御礼で、前売りがソールドアウトとなった。実は、これまでも何度か出演を依頼していたが、村田選手の合宿などが重なり実現が延期されていた。ロンドンから帰国してから一日も休みがないという超多忙であったが、「南京(なんきん=南京都高校の彼らの略称)の縦の関係で頼まれたら、よほどのことがないと断れません!から」と、南京都ボクシング部のずいぶん先輩にあたる藤原俊志トレーナーの顔を立ててのスペシャルゲスト実現となった。


テレビや雑誌で喋れないことを本音で語るーーがコンセプトのトークライブゆえ、その中身を詳らかにすることはできないが、ロンドン五輪の裏話、今後の未来像、話題の奥さんの話、そして、恩師、武元前川先生の元で学んだ村田選手と、藤原トレーナーの2人だからこそできる南京都ボクシングの話で、休憩を挟んで2時間、多いに盛り上がった。

「僕ごときが調子に乗ってはいけない」と、村田選手は、できる限り、テレビ出演などでは、その態度を戒めている様子がわかっていたが、この日は、等身大に近い村田選手を感じさせてもらった。その素顔は、やはりインテリジェンスにあふれ、男の生き様に、とことん、ぶれずにこだわろうとする愛すべき好漢「男・村田」であった。

ゆるくて深いボクシングナイト事務局としては、彼のフィーバーが落ち着いて、次なる進路がハッキリした頃、二回目の登場をお願いしようと考えている。

第3回ボクシングナイト レポート

第3回ボクシングナイト スペシャルゲスト 八重樫 東(大橋ジム)
短パンにポロシャツに黒縁メガネをかけて元王者は現れた。

身長は、公称162cmしかないが、通常の体重は58㌔を越えていて、TシャツはLサイズかLLサイズしか入らない。肩の付近の盛り上がった筋肉は凄い。

「フィジカルトレーニングの成果?」

藤原俊志トレーナーが聞くと、八重樫は照れ笑いを浮べた。

「今回は1か月半しかやっていないんですけどね。3年計画のほんの1か月半です。

それでも、しんどさははんぱないっすからね。体はごつくなりました」

「緩くて深いボクシングナイト!」第3回のゲストは、つい6月にWBC世界ミニマム球王者の井岡一翔と、WBC、WBAの日本史上初の統一戦で、名勝負を演じた八重樫東(大橋ジム)である。

「トークは苦手なんですよ?」

そうエキスキューズしていたが、ユーモアをまじえながら、真摯に本音で語る、その姿に会場は多いに盛り上がった。

話題は、やはり、あの井岡戦である。

目がみるみると腫れて、ラウンドのインターバルの間に、チェックしにくる審判とドクターに大橋会長が「八重樫は、元々目が細いから、こんな感じなんだよ!」と、何度も説明して、試合続行をサポートした話や、実際は、ほとんど見えていないのに感覚だけで対応していた話、トレーナーのコーナーワークの話など、興味深い秘話を、随所に披露されて、実に内容の深いトークイベントとなった。

「子供にパパが強いところを見せたいというのも大きなモチベーションでした」という八重樫を、試合後に見た長男の第一声は「顔が怖い」だったとか。

「緩くて深いボクシングナイト」らしく、途中は、ラーメン談義もあって、会場は大爆笑。

恒例のお客さんとの質問コーナーでは、「井岡と再戦はしたいですか」という鋭い質問が飛んだ。

「もちろん、チャンスがあって、できるならば、どんな階級でも」

――もう井岡側が受けないのではないですか?と、論スポ編集長が突っ込んだが「いや、逆に受けるんじゃないですか。盛り上がったし、僕のこともわかったから」と、八重樫なりの見解を口にした。

「今度は負けません」

そう宣言すると、会場は大きな拍手で包まれた。

イベント終了後は、即席のサイン大会。すっかり目の腫れも治まっていた小さな巨人は、心優しき巨人であった。

第2回ボクシングナイト レポート


第2回は、5月28日に開催された。ゲストは、引退届をJBCに出してまで世界に戦いの場を移したボクシング界のメジャーリーガー、石田順裕。
「10人以上集まらなければパンツ一丁でトークショーをやる」とブログで宣言してくれたおかげもあって、50人前後のファンが駆けつけて大盛り上がりのイベントとなった。
石田は、胸をなでおろしていたが、ボクシングではなく、不慣れなトークということに緊張するのか、「ゆるくていいんですよね」と、何度も主催者に確かめていた。
その確認の意味が、のちのち判明することになるのだが、ロシア・モスクワで挑戦して惜しくも判定で敗れたWBO世界ミドル戦のダイジェストVTRを一緒に見ながら、トークショーはスタートした。
「下がると相手のペースになる。前に出て中央で戦いたかった。足を使えばそれなりのボクシングができるかもしれないが、それでは次のチャンスがない。海外でするためには結果はもちろんだが、内容を問われる」と、海外に拠点を移してからボクシングスタイルがガラっと変わった理由をそんな風に語っていた。

「終盤に効いたパンチがありました」という話に入ったところで、突如、「タイム!」。
「ゆるくてすいません。ちょっと、トイレ行っていいですかね?」
 なんと、舞台上からトイレに駆け込むという緩いハプニングで場内を沸かせた。
 アンダーで臨んだ計量でオーバーと出るように仕組まれていた敵地の罠や、現地マスコミの取材での無茶ぶりなど、裏話が連発。ドーピングでおしっこが出ないからと、チャンピオンは、ビールを飲んでいて、石田にも薦められたのには「試合後、アルコールはダメなのに」と、文化の違いに驚いたという話もしていた。
 クライマックスは、トークを見にきてくれたWBC世界フェザー級王者、粟生隆寛の飛び入り参加だった。
 舞台から声をかけると、気軽に上がってくれて、高校時代にアマタイトルを総なめした彼が、なぜ、オリンピックをなぜ狙わなかったのか、新しく取り組んだ減量方法と、トレーニング方法などの話を石田との対論の形で続けて、ファンを喜ばせてくれた。

当日、チケットを買って来ていただいたお客様への敬意をこめて、あまり内容を詳しく紹介はしたくないのだが、次回、八重樫東選手の巻は、もう少しだけ詳しくレポートしたい。

第1回ボクシングナイト レポート

第1回は、2012年の4月16日に行われた。トークショーは2部構成。

1部は、亀田興毅×ノルディ・マネカネ、山中慎介×ビッグ・ダルチニアンの2試合の世界タイトル戦のVTRの一部を見ながら、藤原トレーナーの技術分析を交え、試合の意味合いについて議論した。
亀田に対しては辛辣な意見に終始したが、山中の「攻めるべきか」「逃げるべきか」でボクシングファンの間では議論となった最終ラウンドの是非については、議論が白熱した。

2部では、防衛戦を終えたばかりのワールドスポーツジムの日本ミニマム級王者の三田村拓也、9月に世界挑戦の決まった柴田直子の2人をゲストとしてお招きした。

とても温厚に見える三田村が、「試合前には、ジムで話しかけられるとイライラしてしまう」と本音を明らかにしたり、柴田が「いつか大ファンのゆずさんに世界戦歌ったもらいたい」と夢を語った。

このトークイベントの売り物のひとつが、お客様の質問コーナーだ。小箱のライブハウスだからこそ、気楽に声を出せる。そういう場内のなにげない質問に、ゲストや藤原トレーナーが直接、答えもので、第一回では、某ジムでトレーナーをしているという年配のボクシング玄人が、藤原トレーナーに、利き腕と逆のパンチをジャブとして使うことについてはどう思うかというマニアックな質問をした。いわゆる逆ワンツーの効果についてだ。藤原は「それは有効だと思う」と、答え、なぜ有効かの技術論を詳しく説明して、会場は多いに盛り上がった。