至学館大学・杉島有希先生インタビュー

ボクシングと言えば減量を思い浮べる人も多いと思う。それほど栄養管理が重要なスポーツであることは間違いないが、意外なほど、このスポーツをサポートしている栄養のエキスパートは少ない。とあるきっかけから、至学館大学(愛知県大府市)でスポーツ栄養学を教えられている杉島有希先生が、松田ボクシングジムの選手達の栄養サポートを始められてから約半年が経つ。そこで、杉島先生に、実際にサポートしてみて気づいたこと、びっくりしたこと、間違っていることなど、色々と聞いてみた。

- 先生は昨年の10月から松田ボクシングジムの選手をサポートされていますね。

杉島はい、現在6名のプロ選手をサポートしています。そのうち、定期的に大学に来るのは3名です。これまでの試合前(昨年10月と今年3月)では、どの選手も体脂肪も順調に落ちてかなり良いコンディションに仕上がっていましたが、維持はしてくれないので、試合が終わるとリバウンドしますね。

- 先生がサポートされている他のアスリート、例えばレスリングの選手と比べてどうですか?

杉島基本的には同じですね。ただ、ボクサー達の場合は、私がマネジメントする前までは、脂肪で落とすという感覚より、水で落とすという感覚がすごく強かったので、直前に5~6kgを水で落とすのが普通で、時間をかけて脂肪を落としていくという意識が最初はなかったですね。
また、彼らの場合は、グラムで食事を管理しちゃうんですよね。食べた後に体についてしまうのは、グラムじゃなくてエネルギー量ベースなので、例えば、おにぎりとチョコレートを同じ100g摂ってもエネルギー量が多いのはチョコレートの方なのですが、でもチョコレートの方が軽いから食べちゃうというようなことをしていました。そうすると、かえって脂肪が落ちずに水で落とすということになるのですが、もう試合前はフラフラの状態で、それが当たり前と思っているような感覚がありました。

- 最初にどのようなアドバイスをされましたか?

杉島多少は水で落としてもいいのですが、さすがに5~6kgというのは現実的ではないですし、確実にパフォーマンスが下がります。なので、ある程度、ぎりぎり脂肪で落とせるよというところまで落として、あと2~3kgのところを水で落とすようにすると試合のコンディショニングも上手くいくよということを最初にきつくカウンセリングしました。
みんな、結構、素直に聞いてくれて、実際にやってみると『今回、元気でした』と、コンディショニングが上手くいったことを実感できたみたいで、それからは定期的に通ってきて、『どこまで脂肪で落とせるか?』『どこから水で落とすか?』をInBody(体組成計)で脂肪重量と除脂肪体重の実測値を確認しながら調整ができるようになりました。そのおかげで前よりは元気に試合に臨めるようになったと言ってくれています。

- そのためには毎日の食事内容を変えたということですか?

杉島そうですね。選手たちは、これまではグラムで管理していたので、お腹に溜まって軽いものを選んでいたのですが、そうじゃなくて、しっかりタンパク源を摂ること、そして脂肪になりにくい高糖質食品、例えば、イモ類とかフルーツとか、GI値の低い食品がおススメだよという話をしました。
*GI値(グリセミックインデックス):炭水化物を含む食材の血糖の上昇しやすさを示す値。GI値が高い食材は、血糖が上昇しやすく、また、下がりやすい傾向がある。そのため、GI値が高い食材は、空腹感を感じやすいと言われている。

- イモ類でも種類によってGI値は違いますよね。

杉島そうですね。じゃがいもはGI値が高く、早く吸収されてしまうので、さつまいもがおススメだよという話をしました。そうすると、最近、選手たちがやたらイモに詳しくなって、「安納芋」っていうブランドが美味しいらしいよ、とか、レンジで温めると甘くなるらしいよとか、調べて、そういう知識が豊富になってきています(笑)。
糖質が少ないと、頭がボーっとしたり、筋タンパクの分解が亢進して筋肉量が減ったりするので、摂りすぎはよくないけれど、ある程度は糖質を入れないといけません。なので、そういう素材を選んで摂ってもらうようにしています。あとは野菜をしっかり食べることを徹底してもらっています。

- 生野菜の方が良いのですか?

杉島生野菜じゃなくても構いません。もちろん、試合直前に生野菜はだめですが、減量期間中は生野菜やフルーツをしっかり食べることが大切です。

- 沢山食べた方が良いですか?

杉島そうですね。腹持ちもよくなりますし、食物繊維を沢山摂ると脂肪の吸収を抑えたり、フルーツからはビタミンCなどの抗酸化ビタミンも摂れるので、減量で脂肪が減って抵抗力が落ちることも考えると、野菜やフルーツはしっかり摂ろうねとアドバイスしています。ほんとに簡単なことなのですが、そういうことをこれまで全くやってなかったようなので、少しやっただけでも変わったのかな?と思います。

- どれぐらいの期間で調整していくのが良いですか?

杉島だいたい試合の1か月半、2ヶ月前くらいから調整を始めて、1週間前くらいにベストな状態に持ってきて、そこからは水で調整するのが理想的です。びっくりしたのは、1~2ヶ月前から水もちょっとずつ制限していたようなんですね。カラダにある水は除脂肪体重になるので、脂肪を落とす期間には、水を制限する必要はありません。どちらかというと、汗をかいて出てしまった分は補給する方が良いので、もっと水分を摂って欲しいと思っています。

- レスリングの選手は、ボクシングより階級の幅が大きいですが、減量幅は同じですか?

杉島他のチームの選手はわかりませんが、うちで指導している選手たちは、直前に落とす量は少ないです。普段から自分の階級とほぼ同じウェイトを維持して減量幅も抑えていることがコンスタントに成績を残せる理由の一つにもなっているように思います。

*至学館大学レスリング部:中京女子大時代からレスリングの強豪校として世界的に知られている。卒業生には、吉田沙保里、伊調千春、伊調馨、小原日登美などがいる。

- 試合後のリバウンドを抑えることが必要ですね

杉島試合が終わって、トレーニングや減量から解放されて一気にリバウンドしてしまいますね。一般的に、1年を通して見ると、例えば、8kgの増減を3~4回繰り返すというのは、カラダに良くないのは明らかですが、でもボクサーたちは、そういうものだと思っているように感じます。栄養士としては、食べることを嫌いになってほしくないので、試合後の食事について制限をかけるようなことはしたくないのですが、ここを意識して自分で決めたリバウンド幅の目安を守るようにするだけでも、次の試合の調整が改善できると思います。

- どちらかというと、しっかり練習した後にしっかり食べることの方が良いですか?

杉島その方が合理的ですね。エネルギーをたくさん消費すれば、それだけ摂取しても構わないし、あまり動かないときには、控えめにしておくことが大切です。また、夜にたくさん食べてしまったら、翌日には、十分なトレーニングをするという習慣が必要です。要は、毎日の栄養管理にどれだけ気をつけられるか?ということですが、それができる選手が強い選手だと思います。

- サポートするのが難しいのはどういうケースですか?

杉島脂肪体重と除脂肪体重をコントロールしていくのが基本なのですが、例えば、試合の2週間前で体重55kg、体脂肪率8%の選手が、ライトフライ級(48.98kgリミット)に落とそうとする場合、脂肪重量は4kgほどしかない訳ですから、あと1~2kgは脂肪で落とせるかもしれませんが、必ず除脂肪体重を削ることになります。そうすると、水分以外に、せっかくつけた筋肉量も減らさなければならなくなります。体格に合った階級で試合ができれば良いのですが、適正ではないウェイトに落としていく場合は難しいですね。

- 実際に試合をご覧になっていかがでしたか?

杉島正直なところ、観にいくまでは流血したりするのに苦手意識があったのですが、実際に会場で観るととても面白かったです。試合に行くと3~4時間拘束されるわけですが、さまざまなウェイトやプレースタイルの選手たちが出場するので、最後まで飽きることなく観戦することが出来ました。

- 先生の他にボクサーの食事管理をされているスポーツ栄養士はおられますか?

杉島スポーツ栄養士自体、まだまだ数が少ないのもありますが、ボクサーをサポートしているというのは、ほとんど聞いたことがありません。ウェイト管理が厳格なスポーツであるのに、日本では栄養学的な介入や科学的なアプローチが極めて少ないスポーツかもしれません。一般的に、多くのスポーツ栄養士は、野球やサッカー、ラグビーといったチーム競技を指導する場合が多く、ボクシング、レスリング、陸上競技などの個人競技をサポートするケースはまだまだ少ないです。私たちもボクシングは今回が初めてなので、まだ手探りの状態ですが、選手達の役に立つ成果を出せるようにサポートしていきたいと思っています。

- 有難うございました。他にもお聞きしたいことは沢山あるのですが、今回は第一弾ということで、また次の機会にお願いいたします。

杉島先生は、「指導」という言葉を使わずに「サポート」という言葉を選ぶ。その訳を、「選手達とのコミュニケーションを取る上で同じ目線でいることが大切との思いから、そう心がけています。」と語られていた。アスリートとしては、勝利を手にするために、フラットに話ができるサポート集団の存在は、とても心強いに違いない。今後も杉島先生たち、至学館大学スポーツ栄養サポートチーム(SNST)の活動に注目していきたい。

杉島有希 Yuuki Sugishima

熊本県出身
至学館大学 健康科学部栄養科学科 助教
至学館大学スポーツ栄養サポートチーム(SNST)【代表】