「緩くて深いボクシングナイト!」石田順裕さん編!

会場は熱気に包まれていた。

意外に女性も目立った。

ゲストの‘世界のノブ’こと石田順裕は、「ゆるふかボクナイト」に2度目の登場である。

トークのテーマは3月30日にモナコで行われたWBA世界ミドル級王者、ゲンナジー・ゴロフキンに挑戦したタイトル戦の報告会。WBAベルトのチャンピオンベルトを持ち帰ってもらっての凱旋報告会となるのか。はたまた引退表明会となるのか。日程の決定が、タイトル戦の1か月前だったので、どちらに転ぶかわからなかったが、結論から書けば、この日のトークライブでは、どちらの会にもならなかった。

冒頭、モナコの試合映像を流した。わずか9分程度の衝撃映像である。

「強かったです。上手かったです。今の世界のミドル級の中では頭ひとつ抜け出ていますね。拳がとんでもなく堅かったんです。プレッシャーをかけて、距離を潰して、もっと近い距離で戦おうとしたのですが、距離を潰せない。どうあがいても、うまくゴロフキンの距離にされるんです。クリンチさえさせてくれないんです」

映像では、石田が、ゴロフキンの左を何度も被弾するシーンが映ったが、そのあたりの技術面を藤原俊志トレーナーが、丁寧に解説した。

「実は、ゴロフキンの左はジャブに見えてフックを混ぜているんですよ。ノーモーションだからわかりにくいけれど。あれだけよけるのが巧い石田が打たれるのはよほどのことです。下の重心はアマチュアスタイルらしく後ろにあるんだけど、上半身はしっかり体重が前に乗っていて柔軟に動く。凄いテクニックです」 

 すると、石田が言う。

「左に左を合せようと考えていたんですができなかった。逆にこちらが手を出すと合わせられることが怖くて手が出ない。手を出さなきゃとわかっていても凍りついたみたいになってしまう。確かに左にはフックがあって止めようとガートを少し外に移動すると顔面にジャブをもらう」

 石田と藤原の間で、高度なボクシングテクニック論が繰り広げられた。

 モナコでは、現地の日本人の大富豪のサポートを受けて、最終コンディションに何ひとつ不自由がなかったそうだ。

 どうやって富豪と知り合ったの?と聞くと、「ボクのブログを通じてなんです。ちなみに今日もいらっしゃっています」と、会場の後ろの方を指差すと、たまたま商用で来日されていたモナコの富豪さんが、笑顔で手を振っていた。

石田は、試合前、奥さんと家族に向けての手紙を書き、それをホテルのセーフティボックスにあずけてから会場へと出発する。

覚悟の遺書である。

何事もなく終わると、その手紙をセーフティボックスから取り出して破って捨てる。それが、石田流の試合前の恐怖感を克服するメンタルコントロールの手段なのだが、この試合では、「必ず生きて戻ってくるから」と、手紙を書かなかったそうである。

「死んでもいい覚悟でリングに上がっています。でも、今回は手紙を残しませんでした。その分、開き直りが足りなかったのかな」

 さて、気になるのは石田の今後である。

引退報道も出た。

石田は、包み隠さず、今後の方針をトークライブで明らかにした。

「WBOが認められボクの引退届も撤回となりました。東京と大阪で1試合づつファンの人にボクの最後の試合を見てもらいたいと考えています。引退ツアーですね。年内に2試合。それが終わると来年からは、自分のジムを作ることにむけて動き出したいと考えています」

 ――まだ、もったいない。まだできるのでないか?

 恒例のお客様からの質問コーナーでは、そんな質問も出た。

「いえ、ゴロフキンとはどうやっても勝てません。負けて納得しました。限界が見えたんです。勝てば次は、ミリオンのファイトマネーが入るという試合に続けて3つ負けて今度という今度は、自分に限界を感じました。あと2試合の引退ツアーのモチベーションを保つのは難しいですが、日本人に負けられないというプライドですかね」

 石田は、この日、上京すると、帝拳ジムを挨拶に訪れ、たまたま、プロ転向を果たしたロンドン五輪、金メダリストの村田諒太と対面した。

「今年限りで引退するので最後の試合の相手を宜しくね」と、ふったが、何も言わずにスルーされたそうである(笑)。

 石田は、来場してくれたファンの方に手土産のプレゼントを用意してくれて、その争奪のジャンンケン大会は、おおいに盛り上がった。

 愛される37歳。

 引退ツアー後に「やっぱり辞めるの辞めた」も彼なら許される気がした